断片置き場

小説とか書評とかを書いていくつもりです

薔薇船

もう余計なことを書かないで、唐突に書き始めることにした。

 

直木賞作家であり、ホラーの名手の小池真理子によるホラー短篇集。基本的には心霊だが、一部異なるものもあり。

まず「鬼灯」がなによりもよかった。母よりも父の妾になついていた娘の「私」が、後になってその妾の墓参に訪れる、というあらすじ。当然入り組んだ人間模様が描かれる。妾の奉公人が一人暮らすその家はもはや廃墟といった有様だが、在りし日の出来事が想起されていくうちに、私は確かに死んだその妾の気配を感じ取っていく。

怪奇現象はささやかなものだが印象的であり、形容一つ一つが美しい。薄暗い中を鬼灯の実がゆらめく姿を想う。

関係性だけ見れば昼ドラかなにかのように絡み合っているのだが、優しく配慮のできる人物が多いおかげか毒々しさもない。過去の出来事を少しずつ思い出していくうちに、幽かな気配とチャンネルがあっていき、自分が知らなかったある事実を確信するという筋も美しい。

 

意表を突かれたのは「首」。独特な思考を究めた兄は、この世で死んだものはあちら(あの世)に行って生まれなおし、あの世で死んだものはこの世にまた戻って生まれなおす、という循環し続ける世界のルールにたどり着いたのだ。そう妹に熱く語る。しかし間もなくして兄は事故で死亡してしまう。妹は兄の生まれなおしを期待する。すると妹にしか見えない形で兄の首だけが現れる。首は言葉を発したりせず妹の近くで現れたり消えたりする。妹は兄の復活を喜び、それにすっかり慣れていくが…

魂が直接的なループ移動をするという発想がユニークで面白い。

結局兄妹の再会は束の間のことで、思いがけない終わりを迎えてしまう。兄との2度目の別れももの悲しいが、妹が最終的に抱いた恐れが、永遠のループ構造の一員であるということ自体だということが奇妙な読み心地に繋がった。

 

全体的に見れば、不倫や愛妾などの濃密で陰のある人間関係の歪みが話の核になっている。湿り気が強くて、この梅雨の時期に読むのに向いていた。