断片置き場

小説とか書評とかを書いていくつもりです

ぶちまけた赤

それは、どこかで間違ってもち帰ってしまった赤ボールペンだった。ややくすんだ色だが、古いものなのかもともとそういう色だったのかはわからない。どうやって鞄に入り込んだのだろう…出所のわからないそれを、指で弄んでいて床に落としてしまった。拾い上げるとクリップが折れていた…妙に、悪いことをしたという気分になった。取るに足らない消耗品、安くまとめ買いされるようなものなのに。ボールペンを見るほど心がざわめいてしまい、インクがまだ残っていたが、ついには部屋のゴミ箱へと捨ててしまった。

夜になっても気持ちが落ち着かなかった。早く布団に入って休もうとしたが、却ってもやもやし始めて寝付くのに時間がかかった。

咽かえるような匂いで目が覚めた。生暖かい、湿った感触もあった。頬だ、頬が濡れている。匂いがとても強くて、逆になんの香りかわからない。頬を手で拭おうとして、すでに手が何かで濡れていることに気づく。ベッド全体が液に浸かっている…

強い嗅覚への刺激は止まず、咽せが止まらない。パニックなりかけながら、ベッドの横のスタンドにようやく手が届いてスイッチをつける。カチリ。常夜灯のような弱い光がうっすらと部屋を照らす。

赤い。

赤い液体だ。部屋全体がそれでいっぱいだ。ティッシュのboxやら、開いたまま床に置いていたノートが液体の上を漂っている。咽せが吐き気に取って代わられる。それは血だ。赤くねばつく、うけつけがたい匂い。血以外の何物でもない。

ただ、えづきながら事態に圧倒されている。血を含んだ布団が重い、跳ね起きようとしても無理だ。

音がする。部屋の真ん中に、あのゴミ箱があった。ぷかぷかと浮かんでいた、口を下にして。時折大きく揺れる、傾く。まるで血液をあれが吐き出しているみたいだ。くぐもった音がしてゴミ箱の下のあたりに波紋が浮かぶ。

部屋の中の液体の嵩が増え始める。立ち上がりたいのに体が動かない。下半身に力が入らない。

必死で上体を起こそうとする、重たい布団や粘つく血にあらがう。苦しい、溺れる…もがくこともできない。

そのまま意識を失った。

朝、目覚めると部屋は眠りにつく前と同じ、何の異常もない部屋だった。嫌な夢をみたのだ、そう思って起き上がり、恐る恐るゴミ箱を覗いた。もちろん何の液体もない。なんの臭いもしない。

ただ…捨てたボールペンが中で粉々に砕けていて、中のインクがすっかりなくなっていた。途端に鳥肌が立って、震える手でゴミ箱を掴むと、ゴミ袋に包み玄関のドアの横まで置きにいった。次の収集日まで何もありませんようにと何度も祈りながら…