断片置き場

小説とか書評とかを書いていくつもりです

坂の祠

あんなところに祠があったとは知らなかった、山を切り開いた静かな道路の横、斜面を少し上ったところに小さな赤い祠があった。

何度か散策にここを通ったが、今までは草が生い茂って気づかなかったのだ。

今日は草が倒されていたから気づくことができた。地元の、信心深い方の行いだろうか。できれば話を聞いてみたかったが、あたりに人影はなかった、もう日が沈む時分でありきっと帰ってしまったのだろう。

こんな人里離れたところでも信仰の心がけを見られるとはと少し感激したものだが、よく見ると草はすべて坂の下の方に向かって倒されており、さらに近づいて見れば瞭然、坂はかなりの勾配があって、とてもではないが上っていけるものではなかった。

獣の仕業かとも思ったが、坂のわずかな土には人間らしき足跡がある、しかも裸足のものが。では祠の上の方から降りてきたのかというと、そこは完全な壁のような有様であった。

赤い祠を見やると作りは木製、傷み具合からして相当に古いものであることが分かる。なにより気になるのは祠の真ん中、観音開きらしき戸がすっぱりと開け放たれていることであったが、中におさめられたものまでは見えなかった。

胸騒ぎがする。早く人里に戻らなくてはと歩き始める。

いよいよ日が落ち始めて、当たりが暗くなってくる。街灯もない道で感覚がおかしなほうにさえてきた、音や匂いが強く感じられるようになる。足が早く早くと先に進もうとして、関節が軋み始めて痛いけれど、ペースを緩めることが出来ない。

端から何か飛び出てくるのではと気が気でなくて、道路の真ん中を駆けるように進むうちに民家が見えてきて、緊張がほぐれてくる。

田舎の夜は物音も少なく、寝静まっている。

街灯に晒されてようやく一息ついた。

そこからはゆっくりと歩いた。黒ずんだ木の占める古めかしい家並みを眺めているうちに、年甲斐もなく何を怖がっていたのだと思いはじめ、弛緩した笑いが込み上げてきて、止まった。

道端に突如として祠があった。

新しい祠だ、木でできてはいるが、明るい茶色でかわいらしいお供えのお饅頭が並んでいるではないか、と自分を落ち着かせようとして、失敗する。

観音開きが開いている。

そして、祠の前に立ててあったであろう道路標識が車道に向かってぐにゃりと倒れていたのだ。

まんじゅうは潰れ、足跡が残っていた。

意味も分からず駆け始める、息が切れて、あたりを見回すとどうしてか祠がある。すべて開いている、近くのものが無造作に折られ、曲がっているのがわかる。

これほどあちこちに祠があったであろうか、もしや私は同じところををぐるぐるとしているだけなのか?そんな莫迦な話があるだろうか?

誰も通りかからないし、車のエンジンの音もきかれない。野良犬の遠吠えもない。

私はこの眠れる町でただ一人起きているのだろうか。

瞼が痙攣していて、私は眠りにつけそうにない。

逃げなくてはと思うが、進もうとする道の色が違う、いや、おびただしい足跡で埋め尽くされている。立ちすくんでしまう。

これほどの気配があるのに足跡の持ち主は姿を現さない。

裸足の、柔らかく不規則な足音が町のあちこちから聞かれ始める。祠の近くの街灯がねじ曲がり、その光がアスファルトに思い切り打ちつけられて消える。それがドミノのように、波打って広がる。

暗い。夜のあまりの濃さとに噎せ返りそうだ。もはやどこに逃げようと何も変わりはしないのだ。空間すべてがまとわりつく闇によって接着されてしまったようだった。

ガラスの割れる音が終わる。ここにまだ、私はいるのだろうか?そんな問いかけを闇の中でこぼしたとき、私の後ろで開き戸が動く音がした。