断片置き場

小説とか書評とかを書いていくつもりです

いやしい鳥

いやしい鳥 (河出文庫)

いやしい鳥 (河出文庫)

 

 「爪と目」で芥川賞を受賞した藤野先生の小説、私にとって待ち望んだ文庫化。

「溶けない」「胡蝶蘭」も素晴らしいが、表題作の「いやしい鳥」の不気味さ、不可解さ…

大学で非常勤の講師をする高木は、講義の打ち上げでトリウチという変な男子学生に絡まれる。トリウチは泥酔してしまい、やむなく自宅で介抱することとなるのだが、翌日高木が留守にしている間に、トリウチは高木の飼っていたインコを食べてしまう。怒る高木とそれを嘲笑うトリウチ、しかし彼の様子はさらにおかしくなり、体から羽毛が生え始め、体全体が鳥類のように変化していく。高木は狭い家の中で怪物と化したトリウチとの戦いに臨むことになる…

愛していたペットと憎むべき男が混ざりあい、襲い掛かるという構図は実に気持ち悪く感じられる。

発端の男子学生ことトリウチの不気味さがすさまじく、ふざけた行動、甘えたような物言い、不躾な態度でまったく好感のもてるような要素のない人間で、何もこんなやつを介抱しなくても、とも思える。しかしこのトリウチという人物はひどくあやしい存在で、そもそも高木の講義の受講生ではないし、飲みに参加していた他の学生たちともその日初めて出会ったらしい、なによりこの筋書きでトリウチという姓というのはできすぎているのではないか…

講師である高木について考えるのも面白い、彼はおそらく高学歴なのだが非常勤の講師に甘んじ、アルバイトをしながら食いついないでいる。結婚していたが妻はなんらかの理由で少し前に家から出て行ってしまった。今は若い女性と付き合っている。この物語はあの「鳥」についての騒動がひと段落してから、その彼女に語った内容ということになる。彼の語り方はいちいち細かな脱線をして要領をえにくく、問題が起これば責任は自分にはないと逃れようとする性質も感じられ、この語りへの信頼を低くしてしまっている。

こう考えると高木によるなんらかの妄想や別の事件を誤魔化しているよう筋書きを考えてしまうが、ラストあたりを見るとそういうわけでもなく、ますます混乱してしまう。

全体で見ればホラー的展開であり緊迫感もあるが、細部をみれば語りの怪しさや、外部から観察を行う目(隣家の内田家の主婦・高木のバイト先上司・高木の彼女)が事件の核心をとらえられないあたりに文芸的な面白みを感じる。

ラストの言いよどみによる唐突な幕引きは私たちの心をざわめかせる。物語から追い出される格好になり、どうしてこんなところにいるのだろう、と途方に暮れる。